1.執行猶予制度とは
執行猶予とは、刑の言渡しをした場合において、情状によって一定期間内その執行を猶予し、その期間を無事経過したときは、刑の言渡しはその効力を失い、刑罰権を消滅させる制度を言います。
ただし、執行猶予の期間内にさらに罪を犯すなどした場合には、執行猶予は取り消されます。
執行猶予制度の意義は、社会内で処遇することによって、自発的な改善・更生を促すという積極的意義と、施設内処遇の弊害(例えば、社会復帰の困難化や、悪風感染など)を除去するという消極的意義があります。
刑の執行猶予には、刑の全部執行猶予と刑の一部執行猶予とがあります。
刑の全部執行猶予とは、言葉どおり、言い渡された刑の全部の執行を猶予するものであり、刑の一部執行猶予とは、言い渡された刑の一部の執行を猶予するものです。
2.執行猶予がつくための要件
(1)刑の全部執行猶予
・初度目の場合(刑法25条1項)
初めて執行猶予が認められる場合には、以下の①から③の要件を満たすことが必要です。
①「前に禁固以上の刑に処せられたことがない者」であるか、「前に禁固以上の刑に処せられたことがあっても、その執行の終わった日又はその執行の免除を得た日から5年以内に禁固以上の刑に処せられたことがない者」であること
②「3年以下の懲役若しくは禁固又は50万円以下の罰金の言い渡しを受けたとき」
③相当な「情状」の存在
・再度の執行猶予の場合(刑法25条2項)
執行猶予中の者が、再度の罪を犯した場合には、以下の①,②の要件を満たすことが必要です。
①「1年以下の懲役又は禁固の言渡しを受け」たこと
②「情状に特に斟酌すべきものがある」こと
・その他
その他の注意事項として以下のようなものがあります。
①罰金の場合には、再度の執行猶予は認められません。
②執行猶予中に保護観察が付されていた場合、保護観察期間中の再度の犯罪に対しては、25条2項の要件を満たしたとしても執行猶予は認められません(25条2項但書)
③保護観察期間中でも、保護観察の仮解除されていた時は、仮解除が取り消されるまでは、保護観察に付されていないものとして扱います(25条の2第3項)。
(2)刑の一部執行猶予
犯罪者を施設内で処遇した後に社会内で処遇することにより、犯罪者の再犯を防止することを目的として行われます。
要件は以下の①から③とおりです。
なお、①については、①-1から①-3のいずれかに該当すれば足ります。
①-1前に禁固以上の刑に処せられたことのない者
①-2前に禁固以上の刑に処せられたことがあっても、その刑の全部の執行を猶予された者
①-3前に禁固以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日、またはその執行の免除を得た日から5年以内に禁固以上の刑に処せられたことのない者
②3年以下の懲役または禁固の言渡しを受ける場合であること
③犯情の軽重及び犯人の境遇その他の情状を考慮して、再び犯罪をすることを防ぐために必要であり、かつ、相当であると認められること
3 執行猶予の効果
(1)刑の言渡しの効力喪失
執行猶予が認められると、猶予期間中、刑の執行が実施されなくなります。
執行猶予期間中に執行猶予が取り消されることなく猶予期間を経過すると、刑の言渡しは、その効力を失います。
(2)前科との関係
前科というのは非常に多義的ですが、一般には以下の意味で用いられることが多いです。
・刑の言渡しを受けたこと
・自由刑の執行を受けたこと
・市町村役場に備え付けられている犯罪人名簿に刑の言渡しが登録されていること
執行猶予期間満了により、刑の言渡しの効力が失われると、犯罪人名簿の登録は抹消されます。
しかし、執行猶予期間満了によっても、刑の言渡しを受けたという事実自体は消えません。
このため、再度、罪を犯してしまい、刑事裁判となったときには、執行猶予期間満了により刑の言渡しの効力が失われた犯罪についても、前科として量刑上考慮されることとなるので注意が必要です。
4 執行猶予を得るためには
執行猶予を得るためには、様々な弁護活動を行う必要がありますが、ここでは、代表的な弁護活動の例をいくつか紹介します。
①被害者との示談交渉
被害者との示談交渉を成立させ、被害弁償を行い、被害者から宥恕文言を獲得することは、執行猶予を獲得する上での重要な弁護活動となります。
なぜなら、自ら被害回復を積極的に行う姿勢をもって、深く反省し、更生が進んでいると評価することができるからです。
また、示談成立に際し、被害者より、「被告人の厳罰を望まない」などの宥恕文言を取得することによって。裁判官に対し、法益侵害の程度が小さく厳罰が必要な事案ではないと説明することができます。
したがって、被害者との示談交渉を成立させることは非常に重要なのです。
②監督者の存在
執行猶予とは、社会の中での自発的な更生・改善を図るものです。
このため、被告人を社会に戻した際に、自発的な更生を図れる環境が整っているかということが非常に重要になってきます。
そこで、被告人と日頃から生活を共にしている家族や、生活時間の過半をともにする職場の上司などの人が、被告人の今後の監督を裁判所に対し約束するとともに、監督のための具体的な準備状況を説明できるようにしておくことが重要なのです。
③生い立ち等の説明
罪を犯してしまう人の中には、周りの人を頼るということが思いつかないほど、劣悪な生活環境にいたために、罪を犯してしまう人もおられます。
このように、犯行に至る経緯には、犯罪の成立そのものを否定する事情にはならないものの、犯行を行うについて、同情すべき事情がある場合もあります。
これら同情すべき事情の存在は、そのような状況がなければ被告人が犯罪を行うことはなかったと評価することにより、社会内での更生可能性を裏から支える事情となるのです。
5 おわりに
執行猶予をつけて欲しいという場合、早期に弁護士に相談することが重要です。
示談を成立させるためには、複数回の示談交渉を行う場合もありますので、相応の時間が必要です。
また、監督者を見つけるにしても、被告人を社会内で更生させるために必要な環境を整備したうえで、裁判所に監督者として報告しなければいけませんので、環境整備の時間が必要です。
親が監督者となる場合、ほぼ確実に、裁判において、親として一番身近にいるはずなのに被告人は今回罪を犯すに至っている状況で、なぜ今後は被告人を監督し更生させると約束できうるのかと聞かれます。このような質問に明確に回答できるだけの準備も必要です。
このように、執行猶予の獲得のためには、相応の時間が必要となりますので、できるだけ早期に事件に着手することが重要ですので、まずは弁護士にご相談ください。