公職選挙法(普通買収罪)

1.公職選挙法とは?

公職選挙法とは,「日本国憲法の精神に則り、衆議院議員、参議院議員並びに地方公共団体の議会の議員及び長を公選する選挙制度を確立し、その選挙が選挙人の自由に表明せる意思によって公明且つ適正に行われることを確保し、もって民主政治の健全な発達を期することを目的とする」(公職選挙法1条)法律です。

この目的を果たすため,公職選挙法は,選挙運動の方法や費用,寄付の制限,買収の禁止など選挙運動についての広範な規制を張り巡らしています。

そして,公職選挙法は,選挙の自由と公正を守るため,同法16章において各種の罰則も規定しています。

2.買収罪

買収罪は,現金などの有価物を渡して票を買うという典型的な選挙違反行為であり,選挙違反の中核的な重大犯罪です。

公職選挙法は,221条1項において①普通買収罪,②利害関係誘導罪,③事後報酬供与罪,④利益の収受及び要求罪,⑤買収目的交付罪,⑥買収周旋勧誘罪を規定し,同2項において,⑦選挙事務関係者及び警察官吏等の買収罪を規定し,同3項において,⑧公職の候補者等の買収罪について規定しています。

ここから,まず普通買収罪について説明していきます。

 

普通買収罪

普通買収罪は,「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもって選挙人又は選挙運動者に対し金銭,物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与,その供与の申込み若しくは約束をし又は供応接待、その申込み若しくは約束をしたとき」をしたときは,3年以下の懲役若しくは禁固又は50万円以下の罰金に処すと定めています(公職選挙法221条1項1号)。

本罪の成立時期

本罪の成立時期については,選挙運動の許される期間中における行為であるか期間前の行為であるかを問いません。

なぜなら,本罪の成立時期について,法律上,何らの規定も存在しないからです。

このため,選挙の期日の公示又は告示の日以後若しくは,当該選挙の立候補の届出前の買収行為であっても,本罪は成立します。

裁判例においても,「衆議院議員選挙法第112条(※現在の公職選挙法221条)は犯行の時期に付何らを規定せざるを以て将来行われる選挙に付ても同条の犯罪を構成すべし」(大審院昭和5年7月11日)としており,「衆議院議員候補者たらんとする者が衆議院議員選挙法第112条1号(※現在の公職選挙法221条)所定の行為を為したる以上は直に同条犯罪の成立を認むべきものにして後日同法67条(※現在の公職選挙法86条)により立候補の届出を為したるとその届出を断念したるとは右犯罪の成立に影響を及ぼすものに非ず」(大審院昭和9年5月24日)と判示しています。

これらの裁判例からも分かるとおり,立候補確定前における買収行為も,選挙期日公示前の買収行為も,解散前になされた買収行為であっても,本罪は成立しますし,その後立候補を断念したとしても本罪の成立には影響しません。

また,「選挙の効力の有無,その選挙においてなされた選挙法違反の刑責の有無とは何等関係のない問題」であるとして,その選挙の効力が無効になっても,既に成立した買収罪の成否には影響しないとされています(最高裁判所昭和29年4月22日参照)。

本罪の主体

本罪の主体については,何人であるかを問わないものと解されています。

また,本罪の主体である供与者が,供与する金品等の正当な処分権限を有するか否かは,本罪の成立に影響しないとされています。

「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもって」

いわゆる選挙運動よりも広い概念であって,単に特定の候補者を支持する場合だけでなく,特定の候補者の当選を妨害することだけが目的の場合も含まれます。

「選挙人又は選挙運動者」

ア「選挙人」

ここでいう「選挙人」とは,当該選挙において選挙人であり得る者であればよく,選挙権を有する者として選挙人名簿に登録されている者はもとより,選挙人名簿に登録されていないが,確定判決書若しくは選挙人名簿に登録されるべき旨の決定書を所持する者や,選挙人名簿に登録される前であっても,その名簿に登録される資格を有する者であれば,ここでいう「選挙人」に該当します。

また,選挙権を有しない者・選挙権を停止されている者・詐偽の手段により名簿に登録されている者等についても,選挙人名簿に登録されている限り,一応選挙人としての公の推定を受ける者であるので,ここでいう「選挙人」に該当すると解されています。

反対に,選挙権はあっても,選挙人名簿に登録されておらず,登録される資格もない者については,買収しても選挙権を行使できない以上,ここでいう「選挙人」には当たりません。

イ「選挙運動者」

ここでいう「選挙運動者」とは,特定の選挙にて,特定の候補者への投票を得若くは得しめる目的を以って,直接または間接に必要かつ有利な周旋,勧誘若くは誘導その他諸般の行為をなす者をいうとされています(最高裁判所昭和38年10月22日決定参照)。

このため,単に機械的な労務のみに従事する者は,本罪にいう選挙運動者には含まれません。

もっとも,裁判例は

「機械的な労働であっても,一般には,当該候補者のため投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為であることを否定しがたく,その行為の目的のいかんによっては選挙運動にあたるものといわなければならない」

「この目的の点について考えてみると,右にいう投票を得又は得させる目的とは,そのために直接又は間接に必要かつ有利な行為を行うことの認識をもって足りるものではなく,その行為の性質からみてより積極的に右の目的のもとに当該行為に出たと認められる場合をさすものと解するのが相当である」

としています(最高裁判所昭和53年1月26日)。

 

このような観点から,投票を電話により依頼する行為や,一定の裁量判断を委ねられた上で,葉書を有権者宅に直接配布する行為なども,選挙運動に該当すると判断されています。

また,この「選挙運動者」は,特定の候補者に当選を得させる目的をもって,現に選挙運動に従事する者のみに限らず,単に選挙運動を依頼された者(大審院昭和10年4月7日),投票取りまとめ方の依頼を受けた者(大審院昭和11年1月27日),演説妨害の排除を依頼された者(大審院昭和6年4月6日),反対派の選挙運動の監視を依頼された者(大審院昭和7年4月9日)等も含まれるとされていますし,公職選挙法第13章に規定する適法な選挙運動に反する,違法な選挙運動に従事する者も含まれると解されています。

その他,これらの選挙運動を依頼し,報酬,その他の利益の供与を申し込んで拒絶された場合にも該当するとされています。

「金銭,物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与,その供与の申込み若しくは約束をし又は供応接待、その申込み若しくは約束」

ア「金品,物品その他の財産上の利益」

ここでいう「財産上の利益」には,金品や物品の供与の他に,債務の免除,債務の保証,得意先の譲渡,演説会場における映画の上映など,およそ人の需要又は欲望を満足させるに足りるものであって,財産上の価値を有すれば足りるとされています。

また,財産上の価値についても,客観的には無価値でも,受ける者にとって財産上の価値があればよいとされています。

そして,この「財産上の利益」の供与にあたるか否かは,供与する者と供与される者との関係や,供与される者の社会的境遇,土地の習慣等を総合考慮して,供与される利益が社会一般の常識として社交上の当然の礼儀と認められる程度を超えているか否かにより判断されます。

以下では,具体例をいくつか紹介します。

選挙人に対する利益供与

選挙人が投票を行うために必要な経費(例えば投票所までの交通費)は,投票人自らがこれを払うべきものであり,これを候補者又は選挙運動者等が選挙人に支給すれば本罪が成立する(大審院昭和8年12月21日)。

供与物に齟齬がある場合

供与物に齟齬があっても,いずれも財産上の利益に相違ない限り,財産上の利益供与として本罪が成立します。

裁判例においても,「甲は…乙の為選挙運動に従事中丙に対し,選挙有権者丁に後日米を供與すべきことを以て乙候補者に投票するよう申し込むことを依頼し,丙は,右依頼に応じ丁に対し露骨に米と云うを憚り,之に代うるに弁当代なる語を以てし,後日,弁当代を供與すべきに依り乙候補者に投票せられ度旨の申込を為したるものなりとせば,米と云うも弁当代というも等しく財産上の利益に外ならずして,丙の丁に為したる利益供與の申込は,甲の丙に為したる依頼の旨趣に反するものに非ずして寧ろ其の本旨に適応する者と解する」と判示しています(大正14年10月1日大審院)。

政党からの供与

特定候補者を推薦している政党が,出火罹災者に対して火事見舞いを出すことは,社交的礼儀又は慈善事業としてする場合は差し支えないが,各戸につき訪問手交するとか有権者のみに手交するとかその他特に選挙のためになすものと認められれば違反となるとされます。

免除行為

債務の返済を免除しても買収罪は成立します。

裁判例においても,議員候補者が選挙運動者に交付した選挙運動費用の概算前渡金の残金の返還を免除した事案について,買収罪の成立を認めています(昭和12年10月11日大審院)。

慰安行為

精神的な慰安でも,それが当選を得る目的をもって,かつ無償で行われるときは,利益供与罪が成立します。

行政実例では,「演説会に関係なきレコード等をかけ慰安することは利益供与となる場合あるべし」としています。

また,候補者が個人演説会をきいてもらうため有権者をバスで会場まで運ぶ行為も利益供与になるとされています。

イ「公私の職務の供与」

ここでいう「公私の職務の供与」とは,その職務について選任権を有する者が,その職務権限に基づいて職務を供与することはもちろんのこと,その職務について選任権を有していない者が,職務の供与を申し込み,社会通念上,相手方をして当該申込のあった職務に就かせることを期待させ得る場合においても,ここにいう「公私の職務の供与」に該当します。

もっとも,本罪における「公私の職務の供与」は,相手方自身に取得させることが必要であり,親戚など相手方の関係者に取得させる場合は,「公私の職務の供与」に該当しません。

この場合,利害誘導罪の対象となります。

ウ「供応接待」

ここでいう「供応接待」とは,酒食の提供や演劇の鑑賞,温泉への招待等の方法を用いて,相手方たる選挙人,選挙運動者に慰安快楽を与えることをいいます。

このような「供応接待」の方法には,旅館や料亭にて過剰な歓待をすることも含まれるとされています。

そうすると,日常の社交において取引先や知人との間において一般的に行われる接待も,本罪に該当するように見えます。

もっとも,本罪が処罰される理由は,人情の弱点を利用して選挙人又は選挙運動者に酒食を提供することによってその歓心を買い,公正な判断を失わせ,特定候補者のために有利な結果を将来させようとするものであって,選挙の公正を著しく阻害する恐れがあるためです。

このため,単なる社交場の礼儀的な行為まで処罰する趣旨ではありません。

したがって,本罪が対象とする「供応接待」とは,酒食の提供や演劇の鑑賞,温泉への招待等の方法を用いて,相手方たる選挙人,選挙運動者に慰安快楽を与える行為のうち,投票を得るための報酬又は謝礼の趣旨をもってなされるものに限られます。

投票を得るための報酬又は謝礼の趣旨があるか否かの判断は,供応接待の趣旨,出席者の顔ぶれ,その範囲,供応の時期,土地の習慣等を総合考慮して判断されます。

エ「供与」「供与の申込み」「約束」

公職選挙法221条1項1号は,普通買収罪の行為態様として,供与」と「供与の申込、み」と「約束」の三種類の区分を設けています。

供与罪

「供与」に該当する場合を供与罪といいます。

供与罪は,選挙人又は選挙運動者が,当該供与された利益を収受し又は供応接待に応じることにより既遂となります。

そのため,利益を収受し又は供応接待に応じた相手方が,目的どおりに行動したか否か,又はその意思があったかは,本罪の成立に影響しません。

また,供応接待の場合,相手方が応じた際に酒食の提供がされた段階で既遂となり,相手方が,実際に飲食をしたか否かは本罪の成立に影響しません。

そのうえ,一旦供応に応じて酒食の提供がされた段階で既遂となるので,後日,提供された供応を金額的に見積もって返済しても,本罪の成立には影響しません。

供与の申込罪

「供与の申込」とは,財産上の利益の供与,公私の職務の供与,供応接待等について,これらの意思を相手方に伝えることをいいます。

既遂時期については,「供与申込罪は同号所定の目的をもって相手方に対し金銭物品等を供与する意思を表示し,該意思が相手方に到達することにより成立するものであって,その到達とは相手方自身が直接これを受け該意思を了知する場合は勿論,相手方において現実にこれを了知しなくとも同居の家族,雇人等がこれを受ける等社会観念上一般に相手方においてこれを了知し得べき客観的状態に置かれたときもこれに包含されるものと解すべ」きであるとしています(仙台高等裁判所昭和35年11月8日,最高裁判所昭和36年5月26日)。

また,申込の方法についても「右供与の表示は明示たることを要せず,その意思あるものと認められる金品提供の方法でこれをなすことも妨げないものと解すべきである。」とされます(仙台高等裁判所昭和35年11月8日,最高裁判所昭和36年5月26日)。

なお,本罪は,申込みの事実があれば犯罪が成立するため,相手方の承諾の有無は本罪成立に影響しませんし,仮に相手方が申込を拒否してみ本罪の成立には影響しません。

供与の約束罪

「約束」とは,供与又は供応接待の申込を相手方になし,相手方がこれを承諾することを言います。

「約束」が実行された場合には供与罪が成立し,供与の約束罪は供与罪に吸収されるため,供与の約束罪が成立するのは,「約束」をしても実行されなかった場合だけです。

また,「約束」をすれば犯罪が成立するため,一旦「約束」した後にこれを破棄しても供与の約束罪の成立には影響しません。

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